おいらの おいらによる おいらのための
スペインひきこもり日記!!
改め 日本出稼ぎ日記

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難題
2009年05月02日 (土)
まぁ、覚悟はしていたのだが、思っていたよりもギアを上げれない日々が続いている。いろいろ原因は考えているのだが、「これ!」というのが見つからない。薄々気づいてはいるのだが・・・この日記でまとめていればわかるかも。

これまでと違って贅沢しなければ、生きていくには十分な二百俵二十人扶持くらいはもらえることになったわけだから多少心躍っても良いはずなのだが、思っていた以上ではなかった。

先月の16日でおいらも三十路も中盤にさしかかったわけで、そろそろ俗に言う「人生設計」的なものを考えてもよいはずなのだが、それもイマイチ気乗りがしない。祝日前に石積み場の人と呑みにいったときにも話題にあがったが、やはりこの年だと「結婚」というテーマで、あれやこれやつっこまれる。まぁ、その気持ちもわからんではないが、「別にいいやん・・・こういのってタイミングでしょ?」としか返せない。というか、思うのだが・・・男から女の人に「結婚」の話をすると「セクハラです」みたいなビデオをみさせられたのに(多少、大げさにいってるが)、男に「結婚」の質問をしても大丈夫って、どういう了見なんだ?別に気にしてないから、どうでもいいのだが、左手の薬指みればいいんじゃないのか?それをいったら「男は装飾品をつけないから、してなくても結婚している可能性がある」という反論をもらったが、そんなんしらんわ!おいらの場合、会話の中に「結婚」のテーマはでてこないが、ぱっと見、自分よりも年上っぽく見えて、左手に指輪がない場合は、その手のテーマは避けるようにしている。ほんとどうでもいいことを気にしていると自分でも思うのだが、わざわざ敵を作る必要もない。

とにもかくも、ギアを一速にいれて坂道をあがっているような気分。体が悲鳴を上げている。

どうしていいのかわからない。右往左往とか周章狼狽というのはこういうときこそ使うべきことばなんだろうとしみじみ思うが、生活自体は本当に穏やか・・・春風のように穏やか。でも、だからどうした・・・という気分だ。

オリュンポスはハイソな街で、通勤している人は別だが、オリュンポスに住んでいる人は、犬の散歩している人も雰囲気が違うし、日傘率も異常に高い。かわいい、かわいくないを別にして・・・「こういうのをおしゃれっていうんだろうな〜」と思うことが多い。Cafeに入って隣人を眺めても、そしてその話にそば耳立てても、その内容に全く共感を得ることができない。はっきりいってしまうとくだらないのだ。どっちが上とか下とかそういう次元の話ではない。会話に上も下もない。そうではなくって、単純に興味がないのだ。会社や同僚に対する愚痴が聞こえてくるんだったら、それはそれで楽しめるのだが、昨夜の晩飯には何作っただの、犬がどうとか、この前いったCafeがどうとか、家のレイアウトがあ〜だとか・・・意味もわからず自信がなくなる。

話は飛ぶが、オリュンポスはおされなCafeやらレストランが多く、そして外国人が多いからなのかは知らないが、パスタの味は抜群である。ちょっとびっくりするほど。普通のCafeのパスタがあそこまでアルデンテだとは思わなんだ!だから、食事には困らないのだが・・・いかんせん高い。サブウェイに1年半通い続けたおいらとしては、昼食1000円は、まさに清水ものだ。それさえも慣れきそうにあるから・・・いや、逃げ場もなく、どうしようもないという理由から、無理矢理自分を納得させつつある状況が怖い。

今もっぱら頑張っているのが、呑み仲間作りである。日雇いの頃は、やはりどこかアウトローな気分もあったのか、また、自分から「おいらはお抱えじゃないし・・・」という劣等感があったのかしらんけど、石積み場内で、誘われればいくものの、自分から積極的に誘うということはしてこなかった。しかし、もうそうもいってこれなくなった。少なくとも3年間はアクロポリスにいるわけだし、立ち回りとか、そういう打算的な面からも、石積み場内に気のおけない友達は必要である。「俺(私)はいらない」という人もいそうだが、おいらは1人で生きていける自信はまったくない。断言してもいい。人と話すことでしか、自分を価値を見いだせないのだ。だから、その辺りは必死である。

なんだけども・・・みな防御が固い。みな「そう簡単に気のおけない友達にはならないぞ!(わよ!)」とガードを固めているわけではなく、おそらく、これまでの経験上、おいらにはわからない、なんらかの「悟り」があるんだと思う。そこが、長い日雇い生活をしていたおいらとの差だ。うまい例えではないが、風邪にかからないように自己管理をしっかりしている人と、「風邪なんかかかったら寝てればなおるよ!」という発想の違いだ。ようは、時間の流れ方の問題なのだろう。

で、遠回しに書いたが、何がいいたいかというと・・・「なにを会話していいのかわからない」ということを言いたいのだ。

どちらかというと慇懃無礼なおいらだが、深読みしてくれて「屈託がない」ととってくれる人もいて、これまで防御もなしで攻撃しても、「あ〜あなたはそういうタイプなのね・・・」と許されてきた(または、二度と会わなくなる)ところが、許されなくなっている気がしてならない。「これからずっと(しばらくは)一緒に石積みをする」という部分が大いに関係しているのだろう。正直、最初からそういう「武装」をしている人には興味を示してこなかった。いうたら、好きなものだけ食べてきてしまったわけだが、中には、これまで信じてきた「匂い」がとても良い人もいたりする。そういう人に遭遇すると、おいらが元にかつての貴方に戻してあげる・・・となってしまうのだ。ホント大きなお世話だが、人を怖がる猫に「大丈夫!大丈夫・・・何もしないから・・・」と声を掛けたくなってしまう。

どっちがいいとかおいらにはわからはずもないのだが、某マンガの台詞にあったように「人をを疑って身の安全を保つよりも、人を信じて裏切られた方が良い」というのでいきたいのだ。

これが5時半に終わる石積み場でなければ、「おいらには他に遊んでくれる友達がいるたい・・・」となるのだが、5時半にはあがってしまうので、そうもいってられない。

今現在は、とても経験値が高い大人で、本人もいっているように「石積み場内では殻にこもる。何も期待しない」な感じがするヘラさんと、確実に呑んだ暮れのアフロディテさんを何とか「呑み仲間」にしようと画策中。アテナさんは大人なのだが、ヘラさんを誘うともれなくついてくるというので、特に作戦はなし。

ヘラにアフロディテにアテナと・・・まるで女人ばかり気にしているようにとられると心外なのだが、うちは女傑が9割くらいの石積み場なのでいたしかたない。上役のハデスさんは、こちらが一方的に慕っている感じで、本人は「一人」が良いような人なので、嫁のアテナ・・・ってなんか矛盾しているが、この日記ではいたしかたない・・・と仲良くなれば、自ずと仲良くなれよう。

これまで旅・・・つまり、異国の話ができる人、または興味がある人としか話をしてこなかったツケがここでまわってきたといったところだろう。旅にかかわらず、自分の好きなテーマで、相手もまたそのテーマが好きで・・・という人だけを選んできたのだろう。それがいまはできない。会話が会おうが、会うまいが、がんばらなければいけない。これに敗北すると悟ってしまうことになる。「石積み場では、友達はつくらない・・・」みたいな。

いやはや・・・本当に難しい。何をテーマに会話すればいいのか、またその会話から何を導きだせばいいのか・・・まったくわからん。

やはりわかった・・・・それが、今のおいらのローギアの理由なんだ。

これから呑む人には、普段は石積み場の人とどんな会話をして盛り上げているのか、または、盛り上がっているのか、真剣に尋ねてみて研究するつもりだ。

とりあえず、明日は気のおけない友達と呑むから、そのあたりをしっかり聞いてみようと思う。

こうやっておいらも「お・と・な」になっていくんだろうな〜。

イカロス生活開始
2009年04月21日 (火)
ということで、帰国後あれやこれや。

時差ボケがなかなか治らず。

時差ぼけって、変な時間に眠くなるとか、逆に眠れなくなるとか、変な時間に目が覚めたり・・・とか思われるけど、というか、そう思っていたけど、それにプラスして、変な時間にお腹が減ったり、お腹が減らなきゃいけない時間に食欲がない・・・というのもあったりする。昔はあまり感じなかったのは、若かったからかもしれない。これも三十路の呪いか?

とはいえ、「時差ぼけ」っていろんなことの免罪符になるから、それを逆手にとって、ものすごい自堕落な生活に突入。もともと夜型人間が、時差ぼけ免罪符を手に入れたらもう大変。「寝れない寝れない」の自己暗示で、まだまだ逆転できるかも・・・とDSの「逆転裁判」にはまる。クリアーすると同時に拓也が「面白いよ」と貸してくれた、マリオ&ルイージ RPG3も始める。しっかりはまる。

ゲームだけじゃいかん!と映画をみることに。前向きに生きるすべを身につけようと、前から少し見たかった「ハンサムスーツ」を借りてきて見る。想像してた通りのストーリで十分励まされた気もしたが、冷静に考えてみたら、「やっぱ人間顔じゃん!」という結末だったことが判明。ブサイクとブスがくっついてハッピーエンドじゃないと駄目やん。もういろいろどうでもよくなる。

たまたまいったTSUTAYAでレッドクリフが半額になっていたので、期待する気持ちはまったくないが試しに借りてみたのだが、つまらないだけならまだしも、怒りまでこみあげてきて、映画序盤からすでに見る気なくなる。三國志好きには確実に反感を買うと思われる映画。特に、曹操好きには。内容以外でも、カメラワークも最悪。ものすごく見づらいし、無駄なシーンが多すぎる。「アジアってこんな感じだよ〜」って、欧米に見せたかったのか?あのラブシーンとかいるの?無駄にエロいし。侘びも寂びもあったもんじゃない。2部完結というから、2ももちろんみるが、見る前から怒髪で天を衝く自信がある。もうどうでもいい。

どうでもよくなっている最中、マイレージカードを作ったばかりのJALとANAから誕生日メールが届く。それをみて自分の誕生日に気づく。さらにいろいろどうでもよくなる。

そうこうしているうちにも、最後の審判は着実に近づいていった。そろそろ準備しないと・・・とスーツをとぼとぼ買いに行く。ちなみに、ドラクエよろしく、旅の最中、立ち寄った街で他のアイテムは購入してきた。しあわせの靴をスペインで二足購入し、はがねのネクタイは、ネクタイ発祥の地と言われるクロアチアで購入してきた。おいらの物価指数からするとむちゃくちゃ高いのだが、旅にはありがちな「若気の至り」の勢いを利用してどうにか購入した感じ。その勢いでイタリアに行ったときにスーツも買ってしまおうかと思ったが、なんとなくやり過ぎなような気がしてやめた。代わりに、ボスニア・ヘルツェゴビナでスーツ屋にいってみたが、イタリア製だったのでここでもやめた。

とぼとぼ買ったスーツで面接。出来レースのはずだったが、ちゃんとした面接で少々面喰らう。「仕事をするにあたって何が重要」とか「何を大事にするとか」とか「長所をあげて」とか・・・・もう見事なほど何にも考えずにいったもんだから、ものすごくちぐはぐなことをいってしまった気がする。あまりにちぐはぐだったのか、爆笑され、普段は絶対聞かないという注釈付きで、ゼネラルマネージャーから血液型まで聞かれた。なんだったんだ、あれ。

そうだ、新しく名前を決めておこう。

石積み場のある地域を・・・う〜ん、何にしよう・・・イカロスだから・・・「オリュンポス」にしよう。で、石積み場は・・・「アクロポリス」に決定。

アクロポリスは、前に石積みしていたバベルの塔と同じ。バビロニアからオリュンポスに最近移転したばかりだ。オリュンポスは、お洒落な街なのだが、かつてオリュンポスのスペインBarでピホな二人組の女の子に、ねねちん共々心なしか小馬鹿にされた想い出のある場所だ。うまい呑み屋がありそうなので、楽しみでもある。


で、面接の結果、無事内定。うまれて初めての内定。そして、うまれて初めての日雇いじゃない石積み。お抱えの身ってやつだ。

冷静にさらっと書いているが、この決断はおいらにとってはものすごいことだ。普通ここまで悩まないんだろうけど、美容院でも「自由人ですね」と揶揄気味にいわれるようになって久しいおいらが、ここまで粘った「自由人」の生活を捨てたのだ。諦観の境地と共に。

これまでの人生において「大きな節目」と呼べるのは家が全焼した時と、スペイン移住の時だったが、今回の決断は確実に3つめの節目となるに違いない。まぁ、何年我慢できるかわからんが・・・さすがにそうもいってられない年齢なんだよな〜これが。嗚呼・・・。

美容院で思い出したが、お抱えの身になるにあたって、伸びきった髪を切りに行ったのだが、Nueva Masaquito=イカロスになるのにそのままじゃつまらないので、パーマをかけてみた。7年前くらいに一度かけてみたのだが、その際はボンジョォォォォォルノォォォォォなイタリア人っぽくなってしまって、お嬢あたりに大爆笑されたのだが、今回もしっかり笑える感じにできあがった。

美容院でカタログみたいなのをみせてもらって、「お客様の髪質と長さだったがこんな感じでいかがですか?」と示されたモデルがかなり男前で似合っていたので、思わず「おお!コレでお願いします」といったのだが、身の程知らずとは恐ろしい。なんか今流行のマリアでもやってしまったかのごとくぼ〜〜〜っとしていたのか、自分の年齢と風貌を完全に無視してしまった決断であった。

美容師さんの腕が悪いわけではないのが、あきらかにサンプルとは全く様相の違う髪型ができあがった。普段はまずつけることのないワックス(ファイバーがなんたらとか)をつけて、髪をツンツン+盛り上げて完成だったのだが・・・顔はおっさん、頭は今時の若者・・・。

その時ほど「身の程を知れ!!!」という罵声が似合う瞬間はないだろう。おっさんはおっさんらしく、おっさんのままでいればいいということを釘さされた感じ。

で、イカロス生活初日。今日は一日中研修。出社から退社まで。途中、新入石積み職人として自己紹介をすることになったのだが、出戻りなため恥ずかしい恥ずかしい。江戸時代とか離縁状をもらってで戻ってきた女性の気持ちがよくわかる。おいら自身は「いや、話は向こうから来たんだし・・・」と慰めることもできるが、そんなこと皆は知らない。「なんで辞めたのに戻ってきたんだ?辞めたはいいけど、この不景気で再就職出来ずに泣きついてきたのか?」とか思われてたらどうしよう。まぁ、それもどうでもいいんだけど。

ということで、三十路も中盤にさしかかっての、生まれて初めてのボーナスゲッターとなった。麻子ちゃんに「帰国したらボーナスゲッターだぜ!ふふふん」と自慢したスペインから帰国する直前だから、かれこれ3年。ようやく実現されたわけだが、今回の旅の時に言われた麻子ちゃんの「え〜〜落ち着いちゃうの〜〜〜」という台詞が未だにリフレインする。まだまだ心に隙間があると思われる。

とにかくだ・・・落ち着いたのだ。落ち着いてしまったのだ。

今後は、以前使っていた免罪符「出世払い」を使った相手に、恩返しして生活していくつもりだ。いったい何人いるのかわからないが、いまから戦々恐々だ。

しばらく決断の重さに押しつぶされてローギアーな日記が続くことだろう。

Facebook
2009年04月05日 (日)
帰国一日目・・・まぁ、案の定だけど一日寝てた。起きたら夜の8時を回ったところだったが、もう動じない。動じるわけもない。いつものことだ。

帰国後の感想も、いつもと全く同じ。

なんて人の多い国なんだ・・・

日常的な人の群れが、観光客で賑わう旧市街の規模の数十倍・・・トランクひっぱって旧市街を歩くのに毎回ストレスを感じていたが、今考えるとこっちの比ではない。

しかし、まぁ、なんとおにぎりのおいしいことかっ!!!!

旅中はあちらの料理になんの不満をいだくこともなく(特にボスニア・ヘルツェゴビナ!)、「あら、おいしい」を連発だったのだが、おにぎりは・・・たとえ、それが空港の売店で買ったコンビニおにぎりであったとしても・・・もうかみしめるように、涙流しながら、「おいしいよ〜おいしいよ〜やっぱ米だよ〜」と、もうJusto de 噎び泣くだ。測量士マリカルメンが、日々の肉料理にストレスを感じて、うがっ〜〜〜〜!!!とわめき散らすたびに、「うるさい!黙って喰え!郷に入りては・・・」と諭していたのだが、あれは一種の日本食に対するホームシックと思うと、さもありなん・・・と今なら思う。

で、な〜〜〜んもやる気しない。

とりあえず、スペインで買ってきたCDを聴きながら、2ヶ月分のメール・・・うち9割は勿論スパムなのだが・・・はチェックだけし、あとは一日中のんべんだらり。普通は旅が終わるちょっと前くらいから、「よ〜〜し、帰ったら働くかっ!」となるはずなのだが、今回はちょっと違って旅の終わりを意識したあたりから、「いやいや、もっかいスペインいけるよ。まだ行けるよ。echo de menos a Espanaだよ」という気分に犯されはじめ、なんどか駄々こねていたのだが、日本に帰っても、おかしなことにスペイン熱は冷めやらず。あれだけ呑んだのに、あれだけ喰ったのに、あれだけ奔ったのに・・・。旅中、ママンから「そろそろ飽きてきたでしょ?」とかいうメールをもらったが、愚問である。「はぁ?飽きるってどんな状態よ?」である。

自分でも薄々気づいているのだが、たぶん、いろいろ自棄になっているんだと思う。イカロスになったから。とりあえずは、イカロスとして、スペインやらそこらで、さりげなく予告してきたとおり「3年後」に期待だ。そうやって、ちょっとずつ期間を延ばしていくのだ。最初が1年。今回が2年。で、次回が3年・・・。たぶん、大丈夫だと思う。

そうだ・・・Facebookだ。タイトルにしたのに忘れてた。

あっちで「Facebookやってないの?」と何度か尋ねられた。

Facebookの名前はもちろん知っていたのだが、mixiの時は、いろいろ「宣伝」に使えるという拓也の台詞で招待を受け入ったが、「いまさら」感がず〜っとつきまとっていたのと、あまりにびっくりする人たちに見つけられてしまったりして、帰国したと同時にまったく入らなくなってしまった。で、二の轍を踏みたくなく、特にFacebookに登録することはしてなかったのだが・・・。

帰国後のメールで同じような質問をされ、とりあえず偽名で登録してみたのだが・・・いやはやいやはや・・・洒落になってないほど、Que memoria!な気分にさせられた。すごい!!という感情よりも、怖えぇぇぇぇ!という感情の方が大きいほどだ。

Facebookの友達検索は、自分の知り合いの友達まで検索がなされるようで、登録時の「友達」リストや「友達かも」リストには、かなり懐かしい人々で埋め尽くされていた。わざわざあまり人に伝えていないGmailのアドレスで登録したにもかかわらずだ(もしかしたら意味をなさなかったのかもしれないが)。面白いことに、日本人よりも外国人の方が多いのは、Facebookが日本よりも海外で有名だからなのだろう。というか、Facebookって、もしかしたら留学やらなんかで、海外にいったことある人しかやってないのかもしれない。実際、おいらが普段日本で遊んでいる人の名前は1人もでてこなかった。日本人だけでいいなら、他のコミュニティが沢山あるってことなのだろう。

で、中でも驚きだったのだが、昔のコスタのクラスで一度だけ一緒のクラスになったロシア人とか、仲は良かったが彼女の帰国後はまったく連絡をとっていなかったポーランド人、すごい仲が良かったのだが、タイにいってしまったと同時に疎遠になってしまったスペイン人、仲の良かった友達の名前しかしらない同居人などなど。そういえば、おいらが学校(コスタ)を紹介した人たちも結構いたりもしたな。ついでに、学校の校長アンドレアスまでいるし、おいらのことを弟子やら子供と言うヘルマン、コスタの仕事でやりとりしているカルメン、その前までやりとりしていたコロンビア出身のセクレタリアの子なんかもはいっていた。

で、何がいいたいかというと、心躍る反面、ちょっと怖かったりもするってことだ。なんていうか・・・なんかいろいろ「逃げ場」のない世の中な気がしてきたよ。ということで、少し様子見。

今日はがんばっていろいろ動くぞ・・・・って、もう5時半やん。全然眠くないよ。

41日目:Dubrovnik (ドゥブロヴ二ク 3日目)
2009年03月22日 (日)
かなり久しぶりにネットが使える環境になったのでメモを残す。

1ヶ月ほどのスペイン呑んだくれ生活も終わり、その後、10年ぶりのヴェネツィアへ。久しぶりということで、どれだけ変わっているか楽しみにしていのだが、少々ショックな方に変化してしまっていた。特に、物価の高さは異常で、怖くてCafeにも入れず。到着前に5日の滞在予定が3日になってしまうことになり残念に思っていたのだが、実際来てみたら2日で十分であったという結果に。menos mal。

逃げ出すようにヴェネツィアを出発し、トリエステへ。ここで今旅発のトラブルに見舞われる。まぁ、トラブルというよりは、予定外の出来事という程度。

移動日が日曜になってしまったということもあり、前日にかなり念入りにバスの時刻表を調べたにもかかわらず、いざトリエステについてみると、そのバスがない。「日曜日運行」と書いてあるバスに合わせてきたのだが、現地の全く同じ時刻表には、「NO 日曜日」の文字が・・・。上から修正されているのをみても明らかに変更されているのだが、うちらと同じようにそのバスに合わせてきている人たち(せいぜい10人程度だろうが)は、みな右往左往。日曜のため人通りの少ないバス駅で、各々それらしい人捕まえては、何故バスがないのか質問し、それらの情報を共有するような形。お互いにコミュニケーションをとるというよりは、盗み聞きしているような感じではあったが、奇妙な連帯感が生まれた気がする。

結局、どうあがいてもバスはないということが判明し、約6時間後に来るドゥブロヴニク行きのバスでRijeka(リエカ)に向かうことになった。トリエステは綺麗な町なのだが、6時間も時間をつぶすような場所はなく、また日曜日ということもあって、Cafeや店はほとんど閉まっており、絵はがきを書いたり、駅構内の開店しているCafeにはいってひたすら時間をつぶす。途中、測量士のマリカルメンがSUDOKU(携帯に入っていたのをやってはまった模様)の雑誌を2.35eurosで購入してから、あっという間に時間は過ぎた。それ以内、待ち時間にはSUDOKUという風潮がうちらの間にできあがる。

Rijekaはわけあって激高いホテルに宿泊。値段に見合って居心地はとても良いホテルだったのだが、恐ろしいほど、味も素っ気もないホテル。なんとなく、社会主義を彷彿させる。映画でみた東ベルリンのホテルとかもあんな感じだった・・・。

RijekaからSplitまでは豪華客船(?)を利用。夜の7時に出発し、朝の6時半に到着する約12時間の船旅だ。少々奮発して、上から2ランク目のキャビンを予約。一人65euros。窓は外側で、トイレとシャワーが付いている。

出港時、汽笛がなるのだが・・・何故か目から水が流れる・・・Rijekaにはたった1日しかいなかったというのに、今生の別れのように寂しい気分になった。それは測量士のマリカルメンも同じで、「あれ・・・なんか泣けてきた・・・」とつぶやいていた。

この手の船旅は初めてなのだが(ドナウ川を下った時も一応船旅なのだが・・・ちょっとなんか違う)、あの汽笛の効果にはびっくり。バスや電車での別れとは、天と地ほどの差があると思う。

もし3年間のバレンシア留学のあと、船で日本に発つようなことがあったら、もう顔はグチャグチャになっていたに違いない。いやはや・・・汽笛って素敵だ。さらに船乗りにあこがれた。

なんとなくルートにいれたSplitだったが、これが大正解。飯は旨いし、ねーちゃんは綺麗だし。あまりに騒いでいたら、測量士のマリカルメンにに「うざい」とかいわれてしまった。

クロアチア人の女性はびっくりするほど美しい。なんかモデルの雑誌からでてきたみたいにスタイルはよいし、顔も綺麗。ただ・・・なんていうか・・・「喰われそう」な怖さが必ずつきまとう。綺麗とか美しいとかいう形容詞よりも、かっこいいという方がしっくり来るかもしれない。俗っぽい感じの「あんたなんて興味ないわよ」というオーラではなく、セレブな感じでの「あなたと私は生きている世界が違うの」オーラが出ている気がする。まぁ、もてない男のひがみかもしれないが・・・・どうがんばっても仲良くなれないような気はした。でも、店の人とかは笑うと「かわいさ」がでてくるので、仲良くなりたい気はする。なんかいろいろと複雑。

ヴェネツィアからやってきたこともあり、クロアチアは天国のように感じた。Cafeは安いし、とても居心地がよい。宿もすごい広くて生活なSobeを安く借りれたし、町は歴史ロマンであふれているし、安くて美味しいレストランも発見したし・・・。もちろん、不満もあるにはあるが、Splitでの生活は順風満帆でとても楽しいものであった。

しかし、ここ・・・アドリア海の真珠・・・ドゥブロヴニク!

町並みの美しさは、どのガイドブックにも書かれているようにとにかく美しい。きちんと歴史を勉強していかないとその楽しさの半分は味わえないとは思うが、それをさっぴいても面白い。

ただ・・・見事なほどの観光地で、とにもかくも物価が観光地価格。ある程度は覚悟していたが、直前までいたSplitのの値段で天国を感じてしまったうちらには、ただただすべてのものの値段が高く見えてしまった。

おそらく、日本から直接1週間や2週間の旅できた場合だったら「まぁ〜ありか・・・」という感じで、さして深刻にとらなかったかもしれないが、バックパッカーではないが、うちらもすでに40日旅を続けてきており、できる限り上手にお金を使いたいのもあって、ヴェネチア再来!という感じになってしまった。

たとえば、Splitで夕食を食べた場合、美味しい食事と美味しいVinoを呑み、かなりお腹を満たしても二人で100クーナ(2000円程度)を超えるか超えないかくらい。単品でみると、グヤーシュやパプリカの肉詰めなんかは25クーナ(500円程度)で食べられるのだが、ここドゥヴロブニクでは、ちょっと気を許すと200クーナを超える。4000円以上だ。単品の価格がだいたい60クーナから100クーナ程度。もちろんいいレストランに行けば、天井知らずだ。

名産ということや、ほかの素材をよりもお金が取れるということもあり、メニューは9割が魚介料理。Splitで見かけた、シチューやパプリカの肉詰め、ロールキャベツなどは、最後までおいてあるレストランを見つけることができなかった。

ドゥブロブニクで安くすまそうと思ったら、テイクアウトできるピザやパン屋で買って食べ歩くか、宿で食べるしかない。店で食べられるピザ屋も多く、上に書いたようなレストランよりは安く食べられるのだが・・・わざわざピザを食うなら、テイクアウトの方が全然良い気がする。テイクアウトなら一枚10クーナ(200円程度)だ。

しつこすぎるというほどではないが、やたらと日本語で声をかけられるのも少々げんなりする。彼らも生活がかかっているわけだし、場合によっては日本語が通じた方が助かる場合もあるのだが、その辺は「旅人のわがまま」ってやつであろう。おいらの場合は、現地では現地の言葉を使いたい。意味がわからなくても使いたい。どうしようもない時はカタコトの英語に頼ることになるが、こちらが最初に話しかける時には現地の言葉を使いたい。話しかけたはいいが、得てして、帰ってきた返事の意味がわからず右往左往して、相手に迷惑をかけることになっているような気もするのだが、クロアチア語を話すと、相手が「にやっ!」としたり、喜ぶんだり、笑ったりするのを見ると、やはり現地語の方が良いような気もする。

で、日本語だ・・・。ここドゥブロブニクのレストランには日本語のメニューがおいてあるところが多い。それなりのレストランだとほぼ100%おいてあるっぽいので、すでにウリにはなっていないのだが、そこをウリにして、勧誘してくる。あまのじゃくのおいらは絶対にそういう店には入りたくならないのだが、「Ne!」(結構です)と断ったあと、ものすごい寂しそうな顔をされたり、店内をちら見して、「ここのお店・・・人はいってないんだろうな〜」っていうところを見つけると、少し同情してしまいうっかりはいりそうになってしまうこともある。危険だ。

まぁ、おそらく彼らは夏にがっぽり稼いでいるんだろうか、そんな心配はいらないんだろうけど・・・。

この街でプライスレスなのが、1分おきに出会うことができる猫。内戦などで孤児になったり、誰かが捨てていったりしたのか、野良猫が多い。中には飼われている猫もいるのだが、毛並みや怪我の具合からしても野良がほとんどだろう。なんかギリシャのどこその島でも同じようなことがあったな・・・。野良は野良なのだが、街の人が餌をたまにあげていたり、観光客なんかもあげているので、食べていくのには困らなさそうだが、猫社会もそれなりに厳しいし、冬はブーラ(クロアチアで冬場に吹く山風)なんかもあるので、今は丁度厳しい季節なのかもしれない。

見つけるたびに立ち止まる羽目になるので、なかなか散歩が進まない。かわいすぎる。おかげで、ドゥブロヴニクの写真は猫の写真ばかりだ。ちなみに、呑んだくれの旅ではコウノトリの写真ばっかりになった。


旅も残すところわずか2週間。みごとなほど働く気は消え去った。帰国後が不安ではある。明日は、ドゥブロヴニクを去って、Mostar(モスタル)へ向かう。クロアチアからボスニア・ヘルツゴヴィナへと入る。昨日、今日と2本ほど内戦映画をみたので、神妙な気持ちになってはいるが、楽しみでもある。規模的には1泊で十分かもしれないのだが、Mostarには2泊する予定。それだけ期待しているということだ。ヨーロッパでは有名な観光地というが、どうかヴェネツィアやここドゥブロヴニクのように観光地プライスではありませんように・・・。

16日目:Lerma(レルマ二日目)
2009年02月25日 (水)
バルセロナ3日目から拝借していた無線LANにつなげられなくなり、その後もさんざんで、結局今日まで更新できず。

今は、BURGOSから少しだけ南にいったLerma(レルマ)のParadorに滞在中。ここはCardonaと異なり、Paradorの無線LANが利用できた。本当は昨日の時点で航海日誌を書けたはずなのだが、Laguna Negraにて雪道を歩きすぎ、12時頃撃沈。

とりあえず、Barcelonaからここまでの大まかなルートを書いておく。ネットにつながっていない間に書いていた日誌とダブル可能性が大だが無視。

Barcelona→Valencia→Cardona→Logron~o→Vitoria→Soria→Lerma

上に挙げたのはそれなりに大きな都市で、細かい都市は省いている。

Googleマップの方の更新はせっかくつながっている今の機会に作成したいのだが、日本と異なり結構重いので、今の酔っぱらい状態からすると無理だと思われる。

ということで、日誌。

ここ最近、「明日は絶対断食!Vale?」が合い言葉になっており、しつこいくらい測量士のマリ・カルメンと誓い合っているのだが、これがどうして・・・なかなか守れないでいる。

気持ちだけは、思い切り留学中の3年前と変わっていないのだが、いかんせん年をとりすぎたようだ。

スペイン料理の量と油が厳しくなりつつある!

2年前の旅の時は、完全に一人旅なのもあって、一人で食べる味気ない食事はつらすぎるので、軽いTapasだけですますことが多かったのもあり、もしかして、前回の時点で同じような状況だったのかもしれないが、とにかくスペイン料理の量は半端ない。半端なさ過ぎる。マラゲーニョでいうと、毎日毎日、「エングジパオ!」だ。日本語言うと、「あ〜〜〜!!食べ過ぎた!もう、ここ(喉のあたり)まできてる!」といった感じだ。

大人しくBarでTapasをつまんでいればいいものを、せっかく旅にきているのだから、「TIPICO(名物)を食べよう」となったり、「9eurosだからmenu(menu del dia:その日の定食)でいいか・・・」となったりしてしまう。

日本の二人前が一人前(そばとか寿司とかカレーとかもろもろ)だとすると、スペインの一人前は二人前。さらに、menuを頼むと、一皿目、二皿目、デザート、パン・・・というコースになってしまう。

一皿目で欲張ってPaellaなんて頼んでしまったら、20代ならいざしらず30代なら地獄へ堕ちる。このあたりは留学中に学んだので、そんな愚かなことはせず、Ensalada Mixtaあたりを注文するのだが、このEnsaladaがまた多い多い。スペインサラダはほかの国とは比較にならないほど旨いと私は思っているのだが、あそこまで量が多いと・・・・エングジパオだ。

レンタカーの旅にでて、何度か吐きそうなくらい腹一杯になったが、ここ最近はレストランでもうまい具合に注文できるようになった。レストランのオヤジの「で、一皿目は?」という台詞にも「いらん!!」、「彼女の方は?」にも「大丈夫!」と答える。ちょっと驚いたような顔をするが、後から本気でつらいし、無駄なお金を使わなくてすむ(menuではなく、単品で頼むと高くつく場合もあるのだが、それは気にしない。)ので、堂々と言うことにしている。

昨夜のCena(夕食)も、Chorizo(チョリソ。簡単なつまみ)、Ensalada(二人前)、Tipicoの子羊をこんがり焼いた料理(一人前)を注文したが、これでもかなりえぐかった。Ensaladaだったら軽くいけるだろう・・・と思ったがBonitoがこんもり盛られていたりして、日本だったらおそらく四人前くらいの分量。子羊の方も、二人前が33euros、一人前が18eurosという感じだったが、この一人前はへたすると4人で分けれるんじゃないかという位の量であった。

スペイン料理は確かに旨い!本当に旨い!自信を持っておすすめできるのだが、量が多すぎて、途中で飽きてくるのだ。実際、一昨日くらいは豆料理に飽き、その後は肉料理に飽き、今日は魚料理に飽きた。半分くらいだったら美味しいまま終えられるのに・・・。

以前は、このようにあまり感じなかった・・・いや、以前はレストランなんぞにいかなかった。レストランは、「見栄え重視」なところもあるのでしょうがないとは思うのだが、量を半分にして、半額にしろとはいわないが、4分の3くらいの料金にしてくれたらうれしいのだが・・・。

話は飛ぶが、Vinoの方は調子が良い。ほぼ毎日呑んでいる。測量士に怒られながらも・・・。今は、ArlanzaのPalacio de LermaというVinoを呑んでいる。Lermaに敬意を表してだ。だが、実は、このArlanzaというD.O、恥ずかしい話・・・・今回の旅で初めて知った。なんとなく目にしたことがあるような気はするが、これまで意識したことがないのは確かだ。今回の呑んだくれの旅はDuero川沿いを回る旅で、当然Ribera del Dueroの安Vinoを呑む予定できたので、ちょっとびっくりしている。主にTempranilloなものが多く、味はRiojaよりもやはりRibera del Dueroより。私の表現だと「樽臭い」感じがしてとても良い。

このLermaでは、普通に頼む一杯のcopita de Vinoが0.7euros(80円くらい)とかなりお安いので、気兼ねなく呑める。明日Lermaをたつ前に数本買っていく予定。おみやげに。

今日はほかに小さな村を結構回った。Aranda de Duero方面に行き、San Esteban de Gormazへ行き、ここで知り合ったJulioというおじいさんに、かなり素敵な秘密基地を紹介してもらい、初めて樽に直接コップを入れてすくったVinoを呑ませてもらった。自分でVinoが作れる秘密基地がかなりうらやましく、城の廃墟を降りた後も、ず〜っと「秘密基地ほしい・・・秘密基地ほしい・・・」とブツブツいっていたら、測量士マリ・カルメンに怒られた。怒られても当然言い続けたが・・・。

ほかにも、UceroからRio Lobo、Hacinas、Covarrubiasと、小さな村々をだいぶ闊歩してきた。Soriaあたりから、「ガン見」率がかなり高いような気がする。「なんだなんだ?chino(中国人)がTodo Cien(100円ショップ)を作る下見に来たのか?」という感じである。だから、たいていスペイン語で「Hola!」とあいさつするとびっくりされるのだが、運が良ければ、San Esteban de GormazのJulioのように、面白い体験をさせてもらうこともある。とりあえず、このあたりの村ではあいさつは必須と思われる。

明日はLermaを離れ、とりあえずValladolid方面へ。泊まる場所はまだ決めていない。通信関連はこれまでの様子だと厳しそうなので、日誌を書くことはできなさそうだ。


Parador de Lerma

想像していた以上に豪華なLermaのパラドール。あまりに豪華すぎて、少々場違いな雰囲気。

市場

バレンシアのオレンジよりは劣るが・・・・Zumo(ジュース)にしたら旨い。

サラダ2人前

サラダだけで1日持ちそう。

Asado

このあたりは、羊をAsado(焼き上げる感じ)したものがTipico。あっちこっちで見かける。

Bonito

Bonito>Atun 見た目は似てるが、味わいはだいぶ違う。

Julioの秘密基地1

Julioの秘密基地。まさしく地産地消の場所。地下1階〜2階まであり、仲間を呼んで呑んだくれられるようにできている。

Julioの秘密基地2

たまにこうしてBotellaに移しては家に持って行く。2Lが2、3日といっていた。

カレイ料理

Rodaballo=カレイ。この店はa la brasa(炭火焼き)がご自慢の店。(Ucero)

Rio Lobo

Uceroから岩山を車で登ったところからの景色。右手の町がUcero。



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